作家を目指して

 当時、「コピーライター」「シナリオ・ライター」というカタカナ職業が割りと人気がありまして、カタカナ職業人が女優と浮名を流すというのも雑誌で良く目にしたものです。

「う?む。こりゃ作家になるしかないな――」

 そして一夜漬けで書いた短編の作品が、ある雑誌の公募でなかなか良いセンまでいったのです。

 至ってポジティブ・シンキングな私は、「俺は天才だ!」と思うのは当たり前の展開です。それ以来、いろんな雑誌に投稿しまくり。しかし応募する片っ端から、一次予選も通らない。

「初めて書いた作品はビギナーズ・ラックだったのかなぁ」

 そう悩み始めた私は、あるきっかけで、脚本家の弟子入りをすることになりました。その方は、有名な刑事ドラマ「太陽にほえろ」でデビューした故杉村升先生です。

 通い弟子ということで、会社のシゴトが終わってから、晩の9時くらいから先生の事務所に行き、それから帰るという生活を5年間ほどやりました。当然、朝から事務所に居る弟子達と違い、サラリーマンですからもう土・日は一切なし。当時の睡眠時間は平均すると四時間くらいでした。

 杉村先生の下で実際のテレビ番組、「裸の大将」や「西部警察」、「東映の戦隊シリーズ」等をずっと書いてました。

 今でも覚えているのは、入門した時先生に言われたことです、
「作家として世に出れなくても、シナリオを学ぶということは、サラリーマンとして役に立つ」ということです。
 この意味は、修業して3年過ぎる頃に何となくわかってきたのです。その先生の言われた意味や、作家修行の話はあまりにも沢山あり過ぎで、別の機会に書かせて頂きたいと思います。

 そんな5年が過ぎ、初めてスクリーンに自分の名前が出ました。師匠と連名で、脚本「有賀博之」と。テロップは画像に写っているのはほんの数秒です。でも私にしてみれば、その数秒が、5年間の集積でした。
物凄く涙が止まらなかったのを覚えています。