2008年5月アーカイブ

初めての北海道

 私は大学を卒業後、26年間、損害保険会社に勤務しておりました。振り出しの新入社員の時は北海道支店勤務で、「抜けるような空の青さ」という自然の美しさを初めて知りました。というのも私は東京生まれの東京育ちのせいもあり、どちらかというと繁華街のネオンという造形美の中で、チャラチャラとした学生時代を過ごしていたからです。
 そんな私が雪国勤務! 辞令が出た日には、まさに発狂ものでした。

 学生時代からスキーはやっていましたので環境的には最高。ただ住むとなるとやはり別でした。
 雪が降ると毎日毎日、雪との格闘です。お洒落好きな私にとって、皮底の靴は滑るしもったいなくて履けない。地元で売っているギザギサのゴムの付いた靴はなんとも野暮ったい。まして長靴なんて履く気もしない。仕方がなく選んだのは、学生時代に履いていたクラークスの「ワラビー」を通退勤時に使いました。それでもくるぶしの部分から雪が入ってきてしまいます。とにかく冬場の生活は、並べたらきりがないほどの愚痴ばかり。初めて迎える冬は、何とも言えないブルーな毎日でした。
 ひと冬が終わり、確かゴールデン・ウイークの頃だったと思います。何気なく空を見上げた時です。
 そこには、雲ひとつないスコーンと抜けるような青空!

「ひぇ?」

 どこまでも、どこまでもきれいなブルーが広がっていました。
 よく北国の方の「春が待ち遠しい」というフレーズを聞くことがあります。厳しい冬を過ごすと、暖かい春が来る。まさにそれを実感した次第です。
 抜けるような青空を初めて知った私は、それ以来どっぷりと北海道という自然の国にはまってしまったのです。上手く説明出来ませんが、高校・大学生の頃に感じる季節感は、街が教えてくれました。本屋で手にするファッション雑誌や洋服屋さんののディスプレイ。そして街の匂い。それが北海道では違いました。春、夏、秋、冬。空気、回りの木々、そして緑。
 自然がきちんきちんとこれから向かう季節を教えてくれたのです。その上、松山千春さんの歌が北海道にはピッタリで、夏なんかは「長い夜」聞くと、大自然の生活に完全にはまってましたね。

 そんな楽しかった五年の北海道の勤務が終わり、転勤で私は東京の本社に戻りました。
 そこで不思議な感覚に陥りました。何となく、生まれ育った東京という街にしっくりこなかったのです。十年ひと昔といいますが、現代社会のスピードはもっと速く、5年間という年月は、私をどうやら「今浦島」にしてしまったようです。
 まず第一に歩くスピードが遅くなっていました。せっかちな私は歩くのが早い方でしたが、街の変化に絶えず驚いて見回しているので、どんどん人に抜かれてしまうのです。
 そしてある日のこと。北海道から戻った私に、学生時代の仲間が六本木で復帰会を開催してくれました。何次会かの後、立ち寄ったショットバーでのこと(当時、ショットバー文化の流行り始めの頃で、私はまったく知らなかった)。

「ジンフィズ!」

「ブラントンをロックで」

 仲間が次々にオーダーしていく様子を見て、私が口にした言葉は、

「おい、ボトル入れた方が安いんじゃねぇ?の?」

 一同きょとんとして、ある友人が、

「おまえショット・バー、知らねーの!?」