2008年7月アーカイブ

静岡の思い出 その1

静岡には四年暮らしていました。初めての転勤で行った北海道もそうですが、この静岡も私に強烈なインパクトを残してくれました。というのもいろいろなことが凝縮されたように起こり、思い入れの強い街となりました。

自然環境は当然のごとく素晴らしく、伊豆の山々は本当に心を和ませてくれます。至るところに温泉もあります。下手なゴルフも熱心にやりだしたり、波乗りを久々にやったのもこの頃です。
ある日先輩から電話がありました。

「有賀、これからは波乗りの時代だよ」
「先輩、四十過ぎてもやるんですか?」
「バカ、ショートじゃねぇよ、ロングだよ」
「ロング?」
「おまえロンバケ、見てねーの?」

バブル時代からイケイケがまったく変わらないその先輩は、ロンバケを知らない私を見下げたように話ました。番組の中でマイク真木さんが、サーフィンをやり、しかもロングボードがすごくかっこいいと。

「来週、静岡まで行ってやるから付き合え」

その一言で、静岡にある静波海岸へ先輩と連れ立って行く事になりました。

「どうだ。痛いほどに視線感じるだろ」

先輩に借りたロングボードを脇に抱え砂浜を歩いていると、ショートボードをやっている連中からの視線が凄いんです。

「なっ、有賀。言った通りだろ。ショート全盛の中、こうやってロングボードを抱えていると、昔ブイブイ言わせた洒落たオヤジと思われるんだよ」

目立つことが大好きな先輩はそう言って、自慢気にロングボードを波に浮かべ、早速パドリンクで沖に向かい始めました。
私も痛いほど背中に浴びる視線を感じながら、ボードを海に浮かべでパドリング。
ところが、波が意外に立っていて、上手くパドリングが出来ません。おまけにロングは長いだけあって、扱いが難しいのです。
慣れている先輩は、さつさと波をクリアして沖に行っています。私は波との格闘が始まりました。二十年振りの波乗りとはいえ、沖に出られないなんて......。
20分くらい波と格闘していたと思います。結局疲れ果てた私は、ボードを脇に抱え、砂浜にトボトボと戻っていきました。

その時、はっとしました。
ショートの連中の刺さるようなまでの視線が......。

「な?んだ、このオヤジ、沖に出れねぇんだ。だせえなあ」

静岡支店へ転勤

 東京本社に9年居て、私は静岡支店に異動となりました。

 着任して三ヶ月が過ぎた頃、非常に困ったのは、支店のビルが繁華街の入り口にあることでした。夕方になると、取引先の方がひょっこり顔を出す。人と話すことが大好きな私は、すぐにシゴトを早仕舞いして、飲みに出てしまいます。毎晩のようにそれが続き、肝臓が壊れるか、財布が壊れるか、どっちが早いんだろうと思ったくらいでした。

 こりゃ少し運動しなきゃカラダが壊れるな、と思い、子供の頃から格闘技をやっていた私は、仲間内で会社の会議室を借りてキックボクシングの練習を始めたのでした。
 その仲間内で始めたキックボクシングの練習がトンでもないことになっていくのです。当時K?1がテレビで流され、格闘ブームになり始めの頃でした。練習を始めて一ヶ月くらいした頃、会社の後輩が、

「有賀さん、今度取引先の人が参加したいって言ってるんですが、いいっすか」
「いいよ」

 営業マンの私としては、地元に人脈も広げられるので、もちろんウェルカムでした。
 すると、今度は参加した取引先の方が、

「キック、私の友人も連れて来ていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」

 こんな感じて、毎週水曜日に稽古に参加する人間が次第に増え始めたのです。
口コミの恐ろしさなんでしょうね。仕舞には、部下がナンパした女の子に、小学生、高校生、大学生、地元の消防士さんに留学生まで参加するようになり、いつのまにか30人近くに膨れ上がったのです。

 こうなると教える側の私も真剣に取組まなくてはならない。もうサークルの域を超えて道場のような感じでした。
 すると会社の後輩が言いました。

「有賀さん、ここまで人数が集まるなら、月謝取れば良かったですね」

 ボランティアで教えているとはいえ、その後輩の言葉を聞いた瞬間、私の脳味噌は電卓に変身していました。